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White Squirrel Festival

白いリスが、ノースカロライナ州のBrevardって言う田舎に住んでいる。 珍しい種類で、この辺りでは、Brevardにしか住んでいない。 何故かは、知らないけどね。



実は、元主人とそこの大学で知り合った。



そこで、今週末は、大学時代の友達がポートランドからやって来てフェスティバルで、コンサートすると言うから、元主人と子供たちと行ってきました。








初めて出会ったときから、美人で頭が良くって、クラスで一番歌を歌うのが上手かったベス。



ベスは、大学卒業後、英語のクラスを学校で教えた様だが、やはり、歌への情熱を忘れられず、その後20年に渡って、フェスティバルや他の人達と組んだり、コンサートをする為にアメリカ中を横断している。



好きな事をキャリアに選んだのだが、その反面、大変だなぁとも思う。



女1人で、ギターを片手にお呼ばれされた所でコンサートをしているって、私には、考えられない事。 でも、頑張って好きな事をやってる彼女を応援せずにいられないよ。



その後、ナショナルパークのPisgah Forrest にあるLooking Glass Waterfalls を観に行ってみた。








ここも思い出の場所だったよね。 元主人は、私よりセンシティブだから、一緒にフォト撮ろうよと言っていたけど、断りました。



元主人は、とにかくFacebook にフォトを載せるのが大好きだから、そんなフォトをクーパー君に観られるのがイヤと言うか、彼に嫌な思いさせるのもイヤなんで断ったんです。



だから、子供たちと一緒にフォトを撮った。 そしたら、2人とも


『今日のフォト撮影は、ここまで。 後は、1枚ごとに5ドルね。』



と言ってましたよ。 もう小さかった時は、沢山、フォト撮らしてくれたのに。




今でもこうして、元主人と一緒に子供たちと過ごせるって、子供たちにとっては、いい事だよね。



楽しい一時を過ごしました。


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プールパーティー

クーパー君から、一緒にミントヒルのフェスティバルへ子供たち連れて行かないかと昨日の朝、誘われた。


『え? だったら、いつ、プールパーティーへ行くの?』



って聞いたら、



『考えていない。』



と彼らしく無い返事。 計画的な彼は、フェスティバルとプールパーティーを2つ実行する何てことあり得ないのよ。



しばらくするとテキストが彼から来て、



『プールパーティーって、月曜日だろー?』



と。



『はああ~? 今日よ。 今日!』



と返事すると



『Oh crap!!!』



との返事。 それから、大慌てで、パスタサラダの買い物へ行ったそうです。 もう私にテキストしなかったら、プールパーティーへ行く日を間違えていたと言ってました。



会社のスケジュールは、キチンとプラナーに入ってるし、アシスタントが管理してくれてるから、忘れること無いけど、私事となるとキチンとプラナーに書き込んでいないから、忘れてるよ。



もう~こんな人周りに多い。 会社でも同じ。 私は、その場でプラナーに書き込むから、忘れないよ。 でも、このiPhoneを無くしたら、終わりだけど。



とにかく、子供たちと作ったストロベリーケーキポップを持参して、クーパー君のベストフレンドのスティーブの家でのプールパーティーへ出掛けました。



40人ほどが集まって、ビール飲んで、美味しい物食べての楽しい一時を過ごしましたよ。



プールは、82℉。 私には、冷たすぎ。 子供たちは、プールに入ったら大丈夫と遊んでました。



このプールパーティーの主催者スティーブは、53歳で、この9月にナタリー(50歳)と結婚する。 2人とも初婚。



ちなみにスティーブのお兄さんのデイブも今月、結婚したばかり。 しかも結婚パーティーは、3週間後。



プールパーティーの途中で、シャンペンでお祝いしましたよ~。



幸せな4人に囲まれて、私達も幸せ。


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美味しいスコーンとストロベリーケーキポップ

昨夜は、Chacha さんから教えて頂いたスコーンのレシピを使って、クランベリーチョコスコーンを作ってみた。





この出来を見て、1人で感動していたわけ。



実は、とてもとてもスコーンが大好きな私。 妊娠中は、毎日の様にスコーンが食べたくってたまらなかったのを思い出す。



その後、まさか毎日食べるわけにもいかず、自分にご褒美をあげたい時に食べていたわけ。



今では、年に2-3回食べる位になってしまってるが、先日、会社に差し入れで、ブルーベリーのスコーンがあって、食べて以来、又々、食べたくなったわけ。



やっぱり、スコーンって美味しいわ。



そして、今日のプールパーティーに持参するストロベリーケーキポップも作りましたよ。


出来上がる前のストロベリーケーキ。





ここまでは、簡単だった。 時間に余裕さえあれば、ケーキを焼いて冷やして、フロスティングを混ぜて、冷やして、この形にするだけ。



再び冷やし固めて、後は、ホワイトチョコを溶かして周りにつけるだけ。 これが、結構、時間が掛かったかなぁ。





本当は、ピンクと白の可愛いケーキポップを作りたかったのだが、このプールパーティーには、男性陣も多くいるし、一応、メモリアルディを祝ってのパーティーだから、白、青、赤に決定。




バーガーやホットドックでお腹一杯の後のデザートには、この位の小さいデザートが大人気だった。



食べやすいしね~。



プールパーティーへ何かを持っていく時に便利かも。 誰も持ってこない様な物を持っていくのが好きな人にもオススメ。

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忙しい週

今週は、家に帰って来るのが遅くって、寝不足。 だからか分からないけど、朝方に脚がつって、痙攣を2日連続であった。 腰も首の背骨も痛い!



物凄く久しぶりに脚の痙攣があったけど、これって、何か暗示してるのかな? ただの歳か?



子供たちのいる週は、ジムに行った後、家に帰って夕食を作るのだけど、子供たちのいない週は、夕食も作らないから、そんな週に限って、色々とスケジュールが詰まっているからかな。



月曜日の夜は、ジムに行った後、洗濯とか掃除して。


火曜日の夜は、友達とコンサートに行ったら、家に帰ってのが、11時過ぎてたし。


水曜日の夜は、ジムに行った帰りに久しぶりに友達のあづささんと会って、話し込んでから、買い物に行ってたら、帰ったのが、8時半。


今夜は、ヘアーカラーとカットで、サロンに行ってる最中。 今夜も帰りは、8時過ぎるだろう。



そして、明日から3日間、スケジュール埋まってる。



金曜日は、ランチ時間に車のタイヤ交換に行って、夜は、ベーキング。


土曜日は、友達のプールパーティーへお邪魔。


日曜日は、BrevardでWhite Squirrel Festival があって、大学時代の友達のコンサートへ行く予定。



どうりで、腰も首も痛いわけだ。



明日の夜は、Chachaさんから教えて頂いたスコーンのレシピを使って、クランベリーのスコーンを焼く予定。



そして、土曜日の午後のプールパーティーにクーパー君と子供たち皆んなで行くので、その時、持っていくデザートのストロベリーケーキポップも同時に作る予定。





こんな可愛くならないだろうけどね。 本当は、ケーキの中に小さく切ったイチゴが入るけど、クーパー君も息子たちもイチゴが、余り好きで無いから、入れずにケーキだけ。



楽しみ。 ヘアーカラーとカットが終わったら、家に帰って早く寝ます。


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火垂るの墓 ー ジブリ

子供たちから、この『火垂るの墓』の映画を観るようにずっと言われつつ忘れていた。



でも、昨夜、やっと観ました。





英語でのタイトルは、上の通り。



子供たちは、日本語のクラスで、この映画をかなり前に観たそうで、クラス中が泣いたと言っていた。



あらすじは、第二次世界中に兄妹2人が、親を亡くし、2人で生きてく選択を取るのだが、結局、悲しい結末を向かえることになるのです。



もう、この映画を観ていないのは、私くらいでしょうから、詳しくあらすじを書いても良いのかなぁと思ったけど、誤魔化して。



この映画の解説を読んで、どうして、お兄ちゃんの方が、飢えて辛い目に合っていなかったのか納得。観ていながら不思議と思っていたわけ。



でも、世界中の多くの人にこの映画を観てほしい。 これが、第二次世界大戦の時の昔の話しでなく、現在、今も世界の何処かで、同じ事が起きているのを忘れないで欲しいから。


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ビアフェスタ 2016年

いかにも飲めそうで、飲めない私が、クーパー君とお友達カップルとビアフェスタに行ってきた。



生まれて初めての経験。



日本に住んでいた時から、かなり飲めると思われ、友達からは、銀座のママとも呼ばれていたが、とんでもない。



飲めません。



いくら美味しいジュース系のカクテルを飲んでも、水以外美味しいと思った事ない。 純な乙女ですってわけないけど、毎回飲みたいと思う様な美味しい飲み物に出会っていない。



なんせ、水が1番旨いと感じるからね~。



そんな私が、ビアフェスタに行ったんです。






アップタウンのエピセンターの屋上で行われたビアフェスタには、凄い人数が集まったよ。 皆んな、好きだよね~~。 若い人から年配まで、ビール片手にワイワイ大騒ぎ。



入場権を買った人たちには、上のTシャツが貰えるが、Tシャツを着ない私なんで、子供たちにあげるサイズを貰いました。 クーパー君は、


『15歳の息子にあげるのは、間違ってる~』


と言ってました。



小さな4ozほどのグラスと12枚のチケットを渡されて、45種類のビールの中から、12回好きなビールを飲む事が出来る設定。





つまり、クーパー君は、私の12枚のチケットを含めて24枚のチケットと2つのグラスを手に持ちご機嫌。



呑んべいのこの人は、どれだけでも飲めます。



一応、私にも気を使って、甘めのビールを持って来てくれたり、次から次から飲んでるビールを一口試させてくれたりするのだが、こんなに美味しくないものを皆さん、嬉しそうに飲んでるのが、不思議よ。



飲めない私ですが、こういう所へ行って、友達たちと寛ぐのが大好きなわけ。




そうそう、地元バンドもロックのミュージックを演奏していたので、これも良かった。



クーパー君と友達カップル、どの位、飲んだんだろうか? クーパー君は、もう嬉しそうにペラペラ話しまくってました。





ただですらおしゃべりなのに益々、いらん事まで話しまくってましたが、いらん事言ってたのは、私相手だったので許すとして。飲むと本音が出るからね~。



かれこれ、4時間くらい飲みまくっておしゃべりしてました。 楽しかったよ~。


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カルフォルニア州と大学生活 - 下

チコちゃんが、やっと眼を開け、事実を把握した。



余り話せない様だったが、泣いているのだけは、分かった。



毎日、リハビリの先生が、交替で来るのだが、動くのは、眼と口だけで、後は、何の反応もなかった。 指を握っても握り返してくれなかった。脚を触られても何もわかっていなかった。




どんなに辛かったし、悲しかったと思う。 きっと私のいない間にお母様と泣いたと思う。




そうしている内に私だって、これからの事を考えなければいけなかった。 自分1人だけ、ここを離れて、ノースカロライナ州の短大へ編入するのもとても悪い事をしている様な気分だった。




そして、チコちゃんのお母様に事情を伝えるのも苦しかったが、カリフォルニア州にこのままいるわけにも行かなくって。 お母様は、ガッカリしていたけど、チコちゃんの分も頑張ってと言ってくれた様に思う。




ノースカロライナ州へ引っ越すまで、毎日のようにチコちゃんの様子を見に来て、お母様の様子も見に来ていた。 一体、どの位、チコちゃんが入院していたのだろう。



身体が、安定する様になってから、日本へチコちゃんを連れて帰る予定をたてていたお母様の姿を思い出す。



ケイコさんも毎日の様にチコちゃんとお母様に会いに来ていた。 確か、彼女は、30歳くらいだったと思う。 日本で働いて貯めたお金(留学する為の)をチコちゃんの医療費の足しにしてほしいとお母様に言っていたと思う。



そして、これから、日本へ戻って仕事をみつけて、一生、チコちゃんの面倒を見ると言っていた。



お母様は、確か、ケイコさんにそんな事しなくても良いと言っていたと思う。



この頃の記憶が余りないので、推測ですが、後にチコちゃんもケイコさんも日本へ戻ったはず。



今、ケイコさんは、55歳くらいかな。
チコちゃんも50歳くらいかな。
お母様、どうしているのだろうか。



皆んな、悲しい時を乗り切って、第2の人生を歩いていて欲しい。




だから、私にとってのカリフォルニア州は、良い思い出がない。 日本人以外とのコミュニティに入らせてもらえないまま、チコちゃんとケイコさんの事故があって。



悲しいお別れとなった。



ノースカロライナ州へ引っ越したあと、私の人間としての未熟さの為、余り、チコちゃんたちの事を思い出す事がなかった。 そして、今日に至っている。


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カルフォルニアと大学生活 - 中

チコちゃんは、私の幾つか年上で、アイオワ州で語学留学を終えて、カルフォルニアの短大へ入った様だが、私と同じ理由でカルフォルニアを嫌い、南部の短大へ編入したいと私に言ってきた。



チコちゃんは、数年間のOL生活を東京でして、貯めたお金で、留学をしているとの事。



小さくって、地味なチコちゃんでしたが、性格が可愛いかった。



一緒に編入出来る短大探しに2人で燃え上がっていたのだが、運命は、チコちゃんの方に向いていなかった。




ある日、チコちゃんのお友達のケイコさんが、カルフォルニアで免許を取ったから、一緒に3人で何処かへドライブに行こうよと誘われた。




でも、なぜか、あの日は、行けない理由が出来て、私は、ドライブを断ったんです。



多分、ルームメイトのおばさん(世話好きのベトナム人)が、何かの理由を付けて引き止めた様に思う。



その夜、チコちゃんのホストマザーから連絡があり、ケイコさんとチコちゃんが、交通事故にあったと言うで無いですか。



その時点で、どんな事故だったのかも、ケイコさんとチコちゃんが無事だったのかも分からず、大急ぎで病院に行ったのを覚えている。




私のルームメイトのおばさんが、



『あなた、運が良いわよ。 ドライブなんかに行かなくって良かったのよ。』



と言ってきた。 でも、私の頭の中には、私が一緒に行っていたら、運命が変わって、事故なんか起こらなかったかもしれないのにとも思っていた。



そして、病院でのチコちゃんの姿を見て驚いた。



翌日、日本からチコちゃんのお母様がやって来た。 英語が出来ないから、それは、もう大変で、オロオロしていて見ているのが辛かった。



ケイコさんは、怪我1つなく無事だったのにチコちゃんは、首から下がマヒして、動けない身体になってしまったのです。



事故は、運転経験の浅いケイコさんが、スピードを出し過ぎて、カーブを回れきれず大木に当たった様です。 そして、その時、チコちゃんが車から放り出されたとの事。



首の辺りをひどく打ったため、首から下が動けなくなったらしい。



医者がチコちゃんのお母様にチコちゃんが、一生、首から下が不随になった事を告げるのだが、分からない為のに結局、私が伝える事に。




チコちゃんのお母様は、酷く混乱していて、何度も私に泣きついていました。 ケイコさんも何度も謝って、一生かかってもチコちゃんへの償いをすると言ってましたが、お母様は、その時点で、ケイコさんを厄介払いしてました。



私は、チコちゃんへの同情、お母様への同情、そして、ケイコさんへの同情と共に私が一緒にドライブに行っていたら、もしかしたら、誰もが、こんな目に合わなかったかもと思うと同時にその反対にもっと酷い事故になっていたかもと混乱状態。



毎日、学校帰りに病院へ顔を出したが、その度にお母様が、泣いている姿を見た。 英語が出来ないから、どんなに不安だったと思う。 異国の地で、娘さんがベッドから出れない状況になってしまって、今後の事だって、どうすれば良いのか、日本に動けないチコちゃんをどうやって帰すのか。



先日まで、あんなに元気に違う短大に編入するって言ってたのに。


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カリフォルニアと大学生活 - 上

1988年の夏にカリフォルニア州のモントレーへ引っ越した。



テネシー州よりもっと開放的で、色んな人種に慣れている場所へ引っ越したいと願った結果が、カリフォルニア州を選んだのだ。



しかし、カリフォルニア州に着くなりに失敗したと直感。



周りを見てご覧の通り。 南部人に囲まれて生活していたペースと違った。 カリフォルニア州こそ、色んな外国人の山。 英語をもっと学びアメリカンに混ざって、勉強するのなんて、程遠い世界が、カリフォルニア州だった。



当時のモントレーだけかもしれないけど。



とにかく公共の場所では、外国人に慣れてるから、下手な英語で話そうと誰も気にもしない。 そこは、良かった。



テネシー州で、散々、『はあ????』何て何度も言われ、終いには、お前らの方こそ、南部訛りが凄いだろうがと言うくらいイヤになっていたくらいだから。



モントレーの短大も日本人の山。 しかも、カリフォルニア州に留学で来ている日本人は、皆んな何処か、違った。 上手く説明出来ないが、スレてる???



誰も外国人なんて、珍しいとも思わない。 だって、皆んなが何処からか来た人間ばかりだもの。



未熟者だった私には、ガッカリ。




ルームメイトにアメリカンを探そうにもアメリカンなんて居ないよ。



何かの集まりで、誰かに



『友達を紹介するわ~。』



と紹介された相手が、日本人。 昔から住んでいる日本人のおばさん達も



『日本人なんだから、日本人同士で、助け合って日本人の友達を作らないとね。』



と周りが、日本人で固められてきた。 日本人だから、日本人のコミュニティが良いでしょうって。 他のコミュニティには、入らせてもらえない。




テネシー州は、封鎖的だったが、こういう風に日本人だから日本人だけでなんて言われた事なかったので、カリフォルニア州の方が、もっと閉鎖的じゃないとガッカリ。



このまま、カリフォルニア州にいたら、アメリカの大学を卒業出来ないどころか、日本人に囲まれての生活になると判断。



あの頃は、それ程、こだわっていたのです。 だって、日本人と生活するなら日本で暮らしてたよ。



親に相談して引っ越したいと頼むと



『ワガママ言っていないで、2年間我慢しなさい。』



と聞く耳持たず。毎日、面白くなくって、泣いてました。 しかし、元々、楽天家なので、数日泣いた後は、次への行動を起こしてました。



とりあえず、学校には、真面目に通って、友達は、日本人だけでしたが、その友達もカリフォルニア州に住めないと言ってた。



そして、密かに2人で、南部の短大に入ろうと決心して、小さな短大を探す毎日。



彼女の名前は、チコちゃん。 彼女は、私より幾つか年上だった。 でも、一緒に引っ越しするわけでなく、悲しい結末を迎えるんだ。 今、どうしているだろうか?


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初めて焼いたパン

先日買ったパン焼き器で、ホワイトパンとローズマリーパンを焼いてみた。



さすが、パン焼き器。 いとも簡単にパンを焼いてくれた。



でも、でも、パンが違う!



日本の食パンの様な滑らかさが無い。 どうして? アメリカのレシピだからだろうけど。




こんな粗い感じのパンは、許せない。




クックパッドで、幾つか、日本の美味しそうな食パンのレシピを調べてみた。




パン焼き器では、こねて、寝かすところで止めるべくなのかな? 焼くのは、自分のオーブンを使うべきなのかなぁ。



後、粉だよね。 コチって、King ArthurのBread Flourを買わずにPillsburyのBread Flourを使ったからかな? どのレビューを見てもKing Arthurの粉が1番と書いてある。



パン焼きの先輩の皆さん、教えて下さい!


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Extra

プロフィール

Kiko

Author:Kiko
アメリカで暮らして30年。 アメリカの大学を出て、大手銀行の国際部で14年働き、現在は、某メーカーの国際営業部で9年が経とうとしてます。 アメリカ人と結婚、離婚を経験。子供が二人。でも、幾つになっても恋愛を楽しみたいと満喫中。 

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